気がついたら狂ったように毎日活動してた(@@)
この疲れとか筋肉の痛みがいつのどれなのか分からないくらい。
でも同じくらい、この喜びがいつのどれなのか分からない幸せ。
それくらい、無機質だった日々よりも充実してる。

天にも登るような気持ちってあるよね。

それが自分にとっては、表現した時。
何かを得た時よりも、何かを生み出した時の喜びの方が今は大きい。
それは自分が最高なものを作り出して、
最高なものを自分に与えるような気持ちになるからかも。

表現してやっと、円が繋がる感じ。

最近特に、恐れから何かをなすよりも喜びから何かをしたい。

「これは恐れなのかな、喜びなのかな?」って、エゴか神か、ego か godかくらい難しい。

でも喜びって、恐れをカバーしてくれる気がする。
包み込んでくれるというか。

最近好きな韓国のシンガーソングライターの人がいるんだけど、
歌っている喜びが歌声から感じられる。
実際に産声みたいな声なんだけど。

そこで思ったんだけど、
オリジナルのものを生み出した時って、
自分の子どもみたいに感じることがある。
(絵でも曲でも、作品ならなんでも。)

歌もダンスも絵を描くのも、赤ちゃんや子どもの頃からやっている仕草に近い気がする。
そして心もそうであればあるほど、
素晴らしいって思う。

自分も生まれてきた存在だって理解すれば、
通りで生むのは楽しいわけだ!って思ったりする。

だから今はそれが一番の喜び。

逆に一番悲しいのは、
生み出すのが怖い時。

自分で怖くなっておいてだけど、
「自分の幸せを阻止するなんて、許せない!」
って自分で思う。

でもそれはそれで、
「阻止する自分」を幸せとしているから、
結局生み出してる。
(生み出さないを生み出してる。)

「不幸せなことが幸せ」だなんて、天邪鬼(あまのじゃく)だなって自分で思う。

素直に天に登りたいよ。
山みたいに素直に頂上に行かせておくれ。
心から湧き出るものは、いつも透明で美しいよね。